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2023-11-19 19:03:03
 むかしむかし夫婦者ふうふものがあって、永ながい間あいだ、小児こどもが欲ほしい、欲ほしい、といい暮くらしておりましたが、やっとおかみさんの望のぞみがかなって、神様かみさまが願ねがいをきいてくださいました。この夫婦ふうふの家うちの後方うしろには、小ちいさな窓まどがあって、その直すぐ向むこうに、美うつくしい花はなや野菜やさいを一面めんに作つくった、きれいな庭にわがみえるが、庭にわの周囲まわりには高たかい塀へいが建廻たてまわされているばかりでなく、その持主もちぬしは、恐おそろしい力ちからがあって、世間せけんから怖こわがられている一人ひとりの魔女まじょでしたから、誰一人たれひとり、中なかへはいろうという者ものはありませんでした。
 或ある日ひのこと、おかみさんがこの窓まどの所ところへ立たって、庭にわを眺ながめて居いると、ふと美うつくしいラプンツェル((菜の一種、我邦の萵苣(チシャ)に当る。))の生はえ揃そろった苗床なえどこが眼めにつきました。おかみさんはあんな青々あおあおした、新あたらしい菜なを食たべたら、どんなに旨うまいだろうと思おもうと、もうそれが食たべたくって、食たべたくって、たまらない程ほどになりました。それからは、毎日まいにち毎日まいにち、菜なの事ことばかり考かんがえていたが、いくら欲ほしがっても、迚とても食たべられないと思おもうと、それが元もとで、病気びょうきになって、日増ひましに痩やせて、青あおくなって行ゆきます。これを見みて、夫おっとはびっくりして、尋たずねました。
「お前まえは、まア、何どうしたんだえ?」
「ああ!」とおかみさんが答こたえた。「家うちの後方うしろの庭にわにラプンツェルが作つくってあるのよ、あれを食たべないと、あたし死しんじまうわ!」
 男おとこはおかみさんを可愛かわいがって居いたので、心こころの中うちで、
「妻さいを死しなせるくらいなら、まア、どうなってもいいや、その菜なを取とって来きてやろうよ。」
と思おもい、夜よにまぎれて、塀へいを乗のり越こえて、魔法まほうつかいの庭にわへ入はいり、大急おおいそぎで、菜なを一つかみ抜ぬいて来きて、おかみさんに渡わたすと、おかみさんはそれでサラダをこしらえて、旨うまそうに食たべました。けれどもそのサラダの味あじが、どうしても忘わすれられない程ほど、旨うまかったので、翌日よくじつになると、前まえよりも余計よけいに食たべたくなって、それを食たべなくては、寝ねられないくらいでしたから、男おとこは、もう一度ど、取とりに行ゆかなくてはならない事ことになりました。
 そこで又また、日ひが暮くれてから、取とりに行ゆきましたが、塀へいをおりて見みると、魔法まほうつかいの女おんなが、直すぐ目めの前まえに立たって居いたので、男おとこはぎょっとして、その場ばへ立たちすくんでしまいました。すると魔女まじょが、恐おそろしい目めつきで、睨にらみつけながら、こう言いいました。
「何なんだって、お前まえは塀へいを乗越のりこえて来きて、盗賊ぬすびとのように、私わたしのラプンツェルを取とって行ゆくのだ? そんなことをすれば、善よいことは無ないぞ。」
「ああ! どうぞ勘弁かんべんして下ください!」と男おとこが答こたえた。「好すき好このんで致いたした訳わけではございません。全まったくせっぱつまって余儀よぎなく致いたしましたのです。妻かないが窓まどから、あなた様さまのラプンツェルをのぞきまして、食たべたい、食たべたいと思おもいつめて、死しぬくらいになりましたのです。」
 それを聞きくと、魔女まじょはいくらか機嫌きげんをなおして、こう言いいました。
「お前まえの言いうのが本当ほんとうなら、ここにあるラプンツェルを、お前まえのほしいだけ、持もたしてあげるよ。だが、それには、お前まえのおかみさんが産うみ落おとした小児こどもを、わたしにくれる約束やくそくをしなくちゃいけない。小児こどもは幸福しあわせになるよ。私わたしが母親ははおやのように世話せわをしてやります。」
 男おとこは心配しんぱいに気きをとられて、言いわれる通とおりに約束やくそくしてしまった。で、おかみさんがいよいよお産さんをすると、魔女まじょが来きて、その子こに「ラプンツェル」という名なをつけて、連つれて行いってしまいました。
 ラプンツェルは、世界せかいに二人ふたりと無ないくらいの美うつくしい少女むすめになりました。少女むすめが十二歳さいになると、魔女まじょは或ある森もりの中なかにある塔とうの中なかへ、少女むすめを閉籠とじこめてしまった。その塔とうは、梯子はしごも無なければ、出口でぐちも無なく、ただ頂上てっぺんに、小ちいさな窓まどが一つあるぎりでした。魔女まじょが入はいろうと思おもう時ときには、塔とうの下したへ立たって、大おおきな声こえでこう言いうのです。
「ラプンツェルや! ラプンツェルや!
 お前まえの頭髪かみを下さげておくれ!」
 ラプンツェルは黄金きんを伸のばしたような、長ながい、美うつくしい、頭髪かみを持もって居いました。魔女まじょの声こえが聞きこえると、少女むすめは直すぐに自分じぶんの編あんだ髪かみを解ほどいて、窓まどの折釘おれくぎへ巻まきつけて、四十尺しゃくも下したまで垂たらします。すると魔女まじょはこの髪かみへ捕つかまって登のぼって来くるのです。
 二三年ねん経たって、或ある時とき、この国くにの王子おうじが、この森もりの中なかを、馬うまで通とおって、この塔とうの下したまで来きたことがありました。すると塔とうの中なかから、何なんとも言いいようのない、美うつくしい歌うたが聞きこえて来きたので、王子おうじはじっと立停たちどまって、聞きいていました。それはラプンツェルが、退屈凌たいくつしのぎに、かわいらしい声こえで歌うたっているのでした。王子おうじは上うえへ昇のぼって見みたいと思おもって、塔とうの入口いりぐちを捜さがしたが、いくら捜さがしても、見みつからないので、そのまま帰かえって行ゆきました。けれどもその時とき聞きいた歌うたが、心こころの底そこまで泌しみ込こんで居いたので、それからは、毎日まいにち、歌うたをききに、森もりへ出でかけて行ゆきました。
 或ある日ひ、王子おうじは又また森もりへ行いって、木きのうしろに立たって居いると、魔女まじょが来きて、こう言いいました。
「ラプンツェルや! ラプンツェルや!
  お前まえの頭髪かみを下さげておくれ!」
 それを聞きいて、ラプンツェルが編あんだ頭髪かみを下したへ垂たらすと、魔女まじょはそれに捕つかまって、登のぼって行ゆきました。
 これを見みた王子おうじは、心こころの中うちで、「あれが梯子はしごになって、人ひとが登のぼって行いかれるなら、おれも一つ運試うんだめしをやって見みよう」と思おもって、その翌日よくじつ、日ひが暮くれかかった頃ころに、塔とうの下したへ行いって
「ラプンツェルや! ラプンツェルや!
 お前まえの頭髪かみを下さげておくれ!」
というと、上うえから頭髪かみのけがさがって来きたので、王子おうじは登のぼって行ゆきました。
 ラプンツェルは、まだ一度ども、男おとこというものを見みたことがなかったので、今いま王子おうじが入はいって来きたのを見みると、初はじめは大変たいへんに驚おどろきました。けれども王子おうじは優やさしく話はなしかけて、一度ど聞きいた歌うたが、深ふかく心こころに泌しみ込こんで、顔かおを見みるまでは、どうしても気きが安やすまらなかったことを話はなしたので、ラプンツェルもやっと安心あんしんしました。それから王子おうじが妻つまになってくれないかと言いい出だすと、少女むすめは王子おうじの若わかくって、美うつくしいのを見みて、心こころの中うちで、
「あのゴテルのお婆ばあさんよりは、この人ひとの方ほうがよっぽどあたしをかわいがってくれそうだ。」
と思おもいましたので、はい、といって、手てを握にぎらせました。少女むすめはまた
「あたし、あなたとご一しょに行いきたいんだが、わたしには、どうして降おりたらいいか分わからないの。あなたがお出でい[#「お出でい」はママ]になるたんびに、絹紐きぬひもを一本ぽん宛ずつ持もって来きて下ください、ね、あたしそれで梯子はしごを編あんで、それが出来上できあがったら、下したへ降おりますから、馬うまへ乗のせて、連つれてって頂戴ちょうだい。」
といいました。それから又また、魔女まじょの来くるのは、大抵たいてい日中ひるまだから、二人ふたりはいつも、日ひが暮くれてから、逢あうことに約束やくそくを定きめました。
 ですから、魔女まじょは少すこしも気きがつかずに居いましたが、或ある日ひ、ラプンツェルは、うっかり魔女まじょに向むかって、こう言いいました。
「ねえ、ゴテルのお婆ばあさん、何どうしてあんたの方ほうが、あの若様わかさまより、引上ひきあげるのに骨ほねが折おれるんでしょうね。若様わかさまは、ちょいとの間まに、登のぼっていらっしゃるのに!」
「まア、この罰当ばちあたりが!」と魔女まじょが急きゅうに高たかい声こえを立たてた。「何なんだって? 私わたしはお前まえを世間せけんから引離ひきはなして置おいたつもりだったのに、お前まえは私わたしを瞞だましたんだね!」
こう言いって、魔女まじょはラプンツェルの美うつくしい髪かみを攫つかんで、左ひだりの手てへぐるぐると巻まきつけ、右みぎの手てに剪刀はさみを執とって、ジョキリ、ジョキリ、と切きり取とって、その見事みごとな辮髪べんぱつを、床ゆかの上うえへ切落きりおとしてしまいました。そうして置おいて、何なんの容赦ようしゃもなく、この憐あわれな少女むすめを、砂漠さばくの真中まんなかへ連つれて行いって、悲かなしみと嘆なげきの底そこへ沈しずめてしまいました。
 ラプンツェルを連つれて行いった同おなじ日ひの夕方ゆうがた、魔女まじょはまた塔とうの上うえへ引返ひきかえして、切きり取とった少女むすめの辮髪べんぱつを、しっかりと窓まどの折釘おれくぎへ結ゆわえつけて置おき、王子おうじが来きて、
「ラプンツェルや! ラプンツェルや!
お前まえの頭髪かみを下さげておくれ!」
と言いうと、それを下したへ垂たらしました。王子おうじは登のぼって来きたが、上うえには可愛かわいいラプンツェルの代かわりに、魔女まじょが、意地いじのわるい、恐こわらしい眼めで、睨にらんで居いました。
「あッは!」と魔女まじょは嘲笑あざわらった。「お前まえは可愛かわいい人ひとを連つれに来きたのだろうが、あの綺麗きれいな鳥とりは、もう巣すの中なかで、歌うたっては居いない。あれは猫ねこが攫さらってってしまったよ。今度こんどは、お前まえの眼玉めだまも掻※(「てへん+毟」、第4水準2-78-12)かきむしるかもしれない。ラプンツェルはもうお前まえのものじゃア無ない。お前まえはもう、二度どと、彼女あれにあうことはあるまいよ。」
 こう言いわれたので、王子おうじは余あまりの悲かなしさに、逆上とりのぼせて、前後ぜんごの考かんがえもなく、塔とうの上うえから飛とびました。幸さいわいにも、生命いのちには、別状べつじょうもなかったが、落おちた拍子ひょうしに、茨ばらへ引掛ひっかかって、眼めを潰つぶしてしまいました。それからは、見みえない眼めで、森もりの中なかを探さぐり廻まわり、木きの根ねや草くさの実みを食たべて、ただ失なくした妻つまのことを考かんがえて、泣ないたり、嘆なげいたりするばかりでした。
 王子おうじはこういう憐あわれな有様ありさまで、数年すうねんの間あいだ、当あてもなく彷徨さまよい歩あるいた後のち、とうとうラプンツェルが棄すてられた沙漠さばくまでやって来きました。ラプンツェルは、その後ご、男おとこと女おんなの双生児ふたごを産うんで、この沙漠さばくの中なかに、悲かなしい日ひを送おくって居いたのです。王子おうじは、ここまで来くると、どこからか、聞きいたことのある声こえが耳みみに入はいったので、声こえのする方ほうへ進すすんで行ゆくと、ラプンツェルが直すぐに王子おうじを認みとめて、いきなり頸くびへ抱着だきついて、泣なきました。そしてその涙なみだが、王子おうじの眼めへ入はいると、忽たちまち両方りょうほうの眼めが明あいて、前まえの通とおり、よく見みえるようになりました。
 そこで王子おうじは、ラプンツェルを連つれて、国くにへ帰かえりましたが、国くにの人々ひとびとは、大変たいへんな歓喜よろこびで、この二人ふたりを迎むかえました。その後ご二人ふたりは、永ながい間あいだ、睦むつまじく、幸福こうふくに、暮くらしました。
 それにしても、あの年寄としよった魔女まじょは、どうなったでしょう? それは誰たれも知しった者ものはありません。

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